3月11日という日を、皆さんそれぞれの想いで過ごした事でしょう。

今日は1日、自分の頭と心で考えたくてテレビもネットも携帯もOFFにしてた。
2年前に感じた様々な事を思い出しながら1日を過ごした。

経験した事のない恐怖。
起こった事実をしばらく飲み込めなかった事。
パニックを起こした私にずっと寄り添ってくれたシノちゃんの事。
六本木に溢れ返る人の波。
見た事もないぐらい揺れていた高層ビル。
非常事態に浮き彫りにされた仕事仲間のエゴ。
こんな時でも利益しか考えなかった会社が信じられなくなってすぐに退社を決めた事。
寒かった夜道を3時間かけて歩いて帰った事。
コンビニの光があんなにも暖かい気持ちになるんだと思った事。
連絡が取れなかった家族の安否が心配で仕方なかった事。
気仙沼出身の家族の情報を得ようとみんなで強力した事。
スーパーから食品が消えて、近所の友達が食料を分けてくれた事。
一人が不安な私に寄り添ってくれた仲間。
日本中で助け合った事。
私の周りの人達が本当に愛に溢れる人だと再確認した事。

こんな事を思い出しながら、その日のように1時間半かけて自宅まで歩いて帰った。

2年経って、東京は日常を取り戻している。
街の電気は煌々と光り、何事もなかったかのように人は動いている。

災害は太古の昔から繰り返されている。
しかし人間という生き物は忘れて行く生き物。
辛く悲しい事は特に。
だからこそ、あの時感じた事はこうしてしっかり覚えておく必要があると思った。
将来子供が産まれたら、私が目にして来た事はしっかりと伝えてあげたい。

でも決して「忘れない事が大切」だとは思わない。
被災地では進まない復興に大変な思いをしている人は沢山いるし、
まだ行方不明の方や、仮設住宅で不自由な暮らしを強いられている方もいる。
そんな人にとってみたら、少しでも忘れたいと思う事もあるかも知れない。

でも私はしっかりとこの胸に一生焼き付けておこうと思った。

「ボランティア」や「復興支援」という言葉を目にする機会も減ってしまった気がしていて
改めて続ける事の必要性と難しさを感じた。
写真洗浄ボランティアで私が洗った写真達は無事持ち主の手元に戻ったのだろうか。
まだまだ私にもできる事があるはずだ。

被災された方全員が笑って暮らせるようになるまで、「復興」は続く。
1日でも早くそんな日が来る事を願って。

亡くなられた方々が生きれなかった日々を大切に精一杯生きたい。
そして、日々後悔しないように感謝と愛情を周りの人にしっかり伝えようと思う。